人は必ずしも成長するとは限らない

生まれてから人間は一定期間、成長を続ける。幼児期から思春期、青年期にかけてフィジカルとマインドは進歩していく。たくさんの経験を経て、昔は難しくて出来なかったことが、簡単にこなせるようになり、多くの制約条件から解放されて、自分で意思決定できる範囲が加速度的に増える。理論的には、歳をとる毎に自由になれるはずなんだ。
ところが実際はどうだろう。守るものや責任が増え、17歳の頃に持っていた未来への憧れは、幻だったと知ってしまう。自分は特別な存在から大きな世界の歯車であること、永遠と呼べるものはどこにもないこと、知らなくてもいいことばかりを知ってしまい。僕たちはいつの間にか情熱を失ってしまった。

17歳に戻りたい

30代後半に差し掛かった自分にも、それらの瞬間は例外なく訪れた。17歳の頃、バンドをはじめた僕には大きな夢があった。その後の人生は無限だった。24歳でバンドを失い、32歳で音楽とポジションを失った、その時でさえも未知の世界はたくさんあった。
それでも、ある時からある種の閉塞感に襲われる日々が始まる。学べば学ぶほど、世界は有限なのではないかと思うようになる。あれだけ美しく見えた東京の街が、輝きを放たなくなってしまっていた。ただ飽きてしまっただけなのだろうか。ビジネスも遊びにも目新しいものが見えなくなってしまっていた。ただ、何も知らなかった17歳に戻りたかった。
「17歳の若者が大きな夢を描き、現実に打ちのめされて苦しんで、それでも立ち直って社会に溶け込んでいく。」青春映画で描かれる王道パターンで、この手の映画を誰しも1度は見たことがあるのではないだろうか。多くの人に共感されるこのストーリーはある種、現代社会の人生の縮図かもしれない。17歳の頃の世界は無限だった。次第に知らなくてもよいことばかりを知ってしまい、永遠と呼べるものは何もないことを知ってしまい、失望して世界の歯車に組み込まれていく。自意識は強い刺激にさらされるうちに麻痺していき、大人を毛嫌いしていた強い感受性も失われ、無事社会の一員になっている。多くの人は諦めていくなか、「あの頃はよかった」と嘆く。でも僕にとってそれはとても積まないことなんだ。「あの頃はよかった」なんて言いたくないし、過ぎ去った過去にすがることに興味なんかない。大切なのは未来、そう、17歳の時の感じたあの感覚が必要なんだ。

僕たちは情熱を失うべきではない

世界は変化続ける。グローバル化が進み、国の格差はフラットに近づく。日本には若者が減っていき、老いることは許されない。豊かな年金システムに守られて「あとは若い人に任せて」などと言えない日がもうすぐやってくる。引退のない生涯現役が求められる時代を近い将来に迎えるはずだ。そんな時、僕たちを支えるものは一体何だろうか?それは僕たちが失っていた「情熱」ではないだろうか。お金も安定も保証されない時代に、僕たちを支えるのは「情熱」しかないのではないか。若いころ、未来が未知の塊で会ったときに僕たちを前に進ませてくれたあの「情熱」だ。

思い出に刻まれたトリガー、それがビール

情熱に溢れていたころの思い出。初めて、バンド仲間に連れられて訪れた西麻布のクラブ。テキーラショットで泥酔して気が付けば朝だった。最初の一杯目はビールで乾杯した。アーティストマネージャーとして参加した、初めてのロッキンジャパンフェス。炎天下で何とかもぐりこんだフードコートで乾いたのどにビールを流し込んだ。友達が海の家作って、初めて遊びに行った夏の由比ヶ浜。パラソルとビーチシートと氷をいっぱいに張ったクーラーボックスに仕込んだ缶ビールは、氷よりも冷たく僕の体に吸い込まれていった。アクシデントで初めての海外一人旅になったセブ島。レッドホース6本セットは氷バケツに入れられて出てきた。昼間っから酔っぱらってプールの中で寝落ちしそうになった。そう、僕の感動との出会いはいつもビールと共にあったんだ。思い出だけにすがって生きる人生なんてまっぴらだ。これからたくさんの思い出を作っていけばいいんだ。

ビールはプロダクトではなくてメディア

これが、なぜ僕がビールを作ろうとした理由だ。ここ2~3年のクラフトビールブームの人たちとは動機が違う。本物の味を求めて酵母を残したビールをレストラン併設の醸造所で作ってその場で飲むというプロダクトドリブンなプロジェクトではない。感動を生む「場」に存在する、あるいは「場」を作ることができるビールを作りたい。それはプロダクトというよりメディアなのかもしれない。僕たちの作るKOBUSHI BEERは明確な使命を持っている。「若さと情熱」をいつまでも届け続けるということを

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