マーケティングってなんだ?

僕はデジタルマーケターと呼ばれる職業に長い間就いている。青山学院大学MBAでマーケティングのコースを学んだ。最初の講義でマーケティングの定義についてのスライドが登場した。それはコトラーの定義で、何とも腑に落ちないものだったことを覚えている。その他にもいろいろな定義があるので、気になる人はGoogleで「マーケティング 定義」とでも検索してほしい。
さて、実は僕はひとつ仮説を持っている。マーケティングとは「思いを伝えること」でないだろうか。テレビCM、リサーチ、デジタル広告、ソーシャルメディア、動画、コールセンター、これらはすべて「思いを届けるため」の手段なのではないだろうか。僕たちはビールをメディアとして何がやりたいかを考えたときの答えがそれだ。KOBUSHI BEERを通して思いを伝えたいと思っている。それが正しいと証明されれば、新しいマーケティングの定義を作ることができるんじゃないだろうか。

エンタテインメントが足りない

とにかく楽しいことが足りない。若さと情熱は楽しいことから生まれてくる。モチベーションの種類は沢山あるが、笑ったりはしゃいだり、テンションを上げることは誰にとっても大切なことのはずだ。ところが刺激にはすぐに慣れてしまう。それは情熱と若さと同じで、悲しいことに同じ感動に出会うことは2度とないのだ。刺激の強度を上げたところで、薬剤耐性と同じように、すぐにつまらなく感じるようになる。だからエンタエインメントは形を変え続けないといけない。僕たちがKOBUSHI BEERをメディアとしたのは、エンタテインメントを届けるメディアにしたいということなのだ。KOBUSHI BEERを飲む場所にはエンタエインメントがある。そんな存在にしていきたいと思う。

チャレンジャーに存在意義を

そして、最も僕が成し遂げたいこと、それがチャレンジャーの存在意義をしっかりと明確化したいということだ。僕がミュージシャンを目指したように多くの若者が夢を抱きチャレンジしていく。残酷な世の中はゼロサムゲームなので、片方が勝てば片方は負ける。勝ちの数と負けの数を足し引きするとゼロになる。多くのチャレンジャーは破れて去っていく。敗れ去ったチャレンジャーは社会の歯車になることで存在意義を見つけることが出来る。優しい社会のシステムかもしれない。ただ、なんとかチャレンジャーのまま存在意義を得ることはできないのだろうか。
僕が音楽の会社をはじめた2003年はまだCDが売れる時代だった。アーティストはレコード会社に雇われて曲を作って、CDを売るためにライブをやっていた。ちょうどそのころからCDが売れなくなった、どうしようといわれはじめたころだった。おかしな話である、1980年代に開発されたデジタルのメディアを大企業が必死になって売っているのだ。携帯電話はランドセルより大きかったのが、手のひらにサイズになったにも関わらずだ。音楽アーティストの未来を考えたとき、僕にはある考えがあった。オリンピックアスリートは企業専属、つまりスポンサー企業の支援により成り立っている。音楽アーティストには人の心を動かす力、コンテンツを作る能力があるとすれば、一つのモデルケースとしてあり得るのではないだろうかと。時は流れて、不思議なことに日本にはまだCDが店頭で販売されている。30年以上前に開発されたデジタルメディアはアンティークという点で価値はあるのかもしれない。そして多くの音楽アーティストはライブとマーチャンダイズで生計を立てている。CDがミリオンセールで印税が一生入ってくるような夢のある存在から、長い年月に渡る努力を求められ、才能の枯渇と身体健康のリスクと戦う大変な職業になってしまったのかもしれない。話は戻るが、チャレンジャーに新しい存在意義があるとすれば、それはプロダクト、サービスのエンドースパートナーという側面ではないかとおもう。従来のレコード会社やエージェンシー所属からKOBUSHI BEER所属の音楽アーティストがいてもいいかもしれないし、それはアスリートやクリエーターでもよいと思う。チャレンジャーに新しい存在意義を創ることが、KOBUSHI BEERにとってのビッグチャレンジになるのだ。

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